側室制度の採用とアニメについての筆者の歴史的背景に関する短論文 〜新しいアニメの楽しみ方?〜

 1.筆者とアニメ(第一次没頭期)
 筆者は、ある時期までアニメーションに理想像を求めていた時期があった。自我が生まれ、ガンダムSEEDの放送が始まるまでの間である。とりわけ、ふしぎの海のナディア勇者王ガオガイガーガンダムシリーズ(特に1st、Z、∀)、パトレイバーエヴァンゲリオン攻殻機動隊は筆者の人格形成において多大な影響を与えた作品であると認めている。ナディアでアニメーションの楽しさを知り、ガオガイガーで設定の深さを知り、ガンダムシリーズではテンポ良い作品展開を知った。パトレイバーではロボット作品の1つ完成を見、エヴァにより形而上的な世界観と共に、視野の狭さに気づかされた。攻殻機動隊も質の高い理想的世界の設定と映像を提供してくれた。


 2.沈黙の世界(アニメ忌避期)
 今更恥じることも、また恥じるだと今日に至っても思っていない(永遠に誇りと思う)が、1990年から2003年頃まで特に1999年から2003年は熱狂的なアニメ視聴者であり、日中深夜問わずアニメ作品を見続けた日々があった。それに終止符を打ったのは、ガンダムSEEDであった。SEEDの影響が大きかったが、当時アニメ作品の中で広まっていたいかがわしい作品や低レベルの作品に嫌気のさしていた筆者は、ガンダムSEEDの歓迎を受け、完全にこの理想世界を放棄することを決断した。ガンダムSEEDやいかがわしい作品に支配されたこの世界は最早ゴミだめの世界であり、未練は全くなかった。その後も、復帰を試みるもアップルシード劇場版などにより敢えなく轟沈した。 
 量産されるいかがわしいアニメと腐った劇場版作品により、アニメへの興味は急速に低下した。それであっても、富野御大や押井監督の作品は見られる作品として視聴を続けたが、それらは短期的作品や劇場版作品が中心であり、1週間に1話放映されるアニメを見ることは無かった。
 そこに割り込んだのは、読書であった。


 3.筆者と新しいアニメ?(第二次没頭期?側室時代?)
 2007年、動画元年と呼ばれた年だった。某匿名巨大掲示板では、広告代理店など見えない敵との闘争が激化し、またネタとして、元ネタ理解のために作品を視聴することが要求される時代となっていた。そんな中でも筆者は某匿名巨大掲示板のネタのために視聴を試みることはなかった。
 時に2007年3月、大帝国とKEIとの協力関係を明文化する外交公務として、京都視察が実施された。その際、さくら夙川駅の運用開始を視聴し、あるアニメ作品の聖地巡礼が行われた。そのとき、筆者は同行するKEI代表やomiさんの話す内容が9割方理解不能であったのだが、前日宿で視聴した宇宙艦隊戦(涼宮ハルヒの憂鬱 第11話 射手座の日)は何やら過去の記憶を呼び戻す楽しさがあった。
 それらの視察を終えた筆者は全く元ネタが理解できなかった。現実に実害が現れるのは問題であり、またKEI代表との話題共有を想定し、涼宮ハルヒの憂鬱をやむを得ず視聴することにした。

『あんたさ・・・』
自分がどれほどちっぽけな存在か考えたことはある?

『私はあるわ。小学校の時、野球場で。』
満員のスタジアム。親父に聞いたら、大体5万人ほど。
たくさんの人が溢れていた。
日本の人口を1億として、電卓で計算したら1/2000の固まり。
そして思ったの。
『それまでは自分の周りだけが特別だと思っていた』
だけど違った。
『だって、それは何処にでもある普通の出来事でしょう?』
そして、私の世界から色は無くなった。
世の中に普通じゃない人生を送っている人だっているはず。
『なのに、それがアタシじゃないのは何で?』
特別は待っててもやって来ないなら。
私は待ってるだけの女じゃない事を証明してあげる。
そのために色々とやってはみたけれど。
でも、何も起こらないまま私は高校生になった。
私の中の宇宙、それはこの世の果て・・・ |涼宮ハルヒの憂鬱 第13話『涼宮ハルヒの憂鬱V』より

 涼宮ハルヒの憂鬱 第13話涼宮ハルヒの憂鬱Vは、これまでいかがわしいものと、くさったものしか最早存在しないと思っていたアニメで久しく無かった感銘を受けた表現であった。ああこれこそ、どこか心の底で思っていた事柄を表現してくる内容である。ここで、攻殻機動隊に、当時攻殻機動隊だけが唯一見られる作品であり、見られる作品の増加の希望を託したように、見ることが出来る作品が再び現れた時であった。
 とはいっても、その後週間アニメを再び視聴することは無く、これは現在に至っても再会していない。が、ここで本日の「側室」カテゴリー新設に至った発端が見られるのであった。
 そして、次に越えてはいけない人間の壁は、いかがわしいゲームだけになったのであった。

copy right 大宇宙拡大大帝国建国委員会 2004-2018.